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火焔土器の世界

お盆休みの初日から、新潟へ一人旅をしてきました。なぜ一人旅なのか。それは今回の目的がとても一般受けなどしない内容だからなのです。

サイバーパンク、縄文文化、そして火星テラフォーミング。奇妙な取り合わせながら、心にじわりと広がる切ない美しさがある物語。そこまで緻密な設定とか奇想天外な発想があるわけじゃないんだけど、なんか好きなんだよなあ。何度か読んでます。

このSF小説がきっかけというわけじゃないんだけどね。

もともと縄文時代にはかなり興味がある。弥生から現代までたかだか2500年しかないのに、縄文時代は13000年以上続いたというところがまずすごい。これは人口が少ない(当時、日本全国でたった50万人!)ことにより文明の発達が足踏みした可能性はあるけど、それにしても1万年超えですよ。

知能的に見ても、現代人とほぼ変わらない。れっきとしたホモサピエンスです。あるとすれば、寿命が短い事で知恵の伝達が難しかったことかな。それでも1万年はなんぼ何でも長い。彼らは何をしていたんだろうと疑問が尽きません。

上で紹介した小説の主人公は縄文時代を研究する考古学者で、作中に火焔土器が重要なモチーフとして登場します。その火焔土器が非常に美しく描かれているので、これはいつか実物を見に行きたいなと思っていました。

 

今回行ったところは3箇所。新潟県長岡市長岡市立科学博物館と、同じく長岡市新潟県立歴史博物館、そしてもう少し南の十日町市にある十日町市博物館。

地方は車社会だね。どこもバスで行ったんだけど、県立のなんて駅から40分ですよ。

 

火焔土器について

まず、火焔土器というのは信濃川流域の越後地域でのみ発見されている土器です。意外。また、時代的にも縄文中期、約5300年前から4800年前頃までのわずか500年間の間に作られたものらしい。

500年を長いと見るか短いと見るかは微妙なところで、例えばいまから400年前頃、江戸時代のあたりからちょんまげは一般的に広まったけど、つい150年前くらいに一気に衰退した。火焔土器の過度な装飾からして、特別な意味がない限りそう長続きする文化じゃなかったと言われると確かにそんな気もする。

その過度な装飾からすると、祭事用の土器だったのでは?と思うのは当然ですよね。ところが、出土品にはオコゲや煤が付いた煮炊きの跡が残っているものが多く、加えて地域で出土する土器の3割がこの火焔土器・王冠土器であるという多さから、まさかの日用品だった説もあるのです。使いづらいわ。

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この写真は、新潟県立歴史博物館の『火焔土器』です。

そう、写真撮れるんです。どの博物館も撮影OKでした。ありがたい!

そもそも、火焔土器というのはこの1点だけのことを指すらしいです。これ以外は正確には『火焔型土器』と呼びます。1936年に最初に発見された火焔型土器がこれ。今回の博物館でいろいろ火焔型土器見たけど、この最初のひとつが一番美しい。全体に均衡が取れていて、手のぬくもりを感じるような温かみのある造形で、揺らめく炎のような躍動感がある。

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左が長岡市立科学博物館『火焔型土器』、右が十日町市博物館『火焔型土器No.1』(国宝)

左の長岡市のものは、素朴だけどS字の渦巻き模様に力があって野趣がある。しばらく前は火焔土器の本物は長岡市立科学博物館にあったみたいなんだけど、いつ県立の方に移したんだろう。

右は、国宝となった土器群の代表的土器、『火焔型土器No.1』。通称『縄文雪炎(じょうもんゆきほむら)』です。名前がカッコイイ!中二か!

これはわりと大型。さすがに国宝になるだけあって、しっかりした作りで側面の紋様も凹凸にメリハリがあり風格があって威風堂々という感じだけど、個人的には長岡の火焔土器の方が好きだなあ。なんかこう、魂が凝縮されているというか、小さいのに存在感が凄い。

県立歴史博物館は展示が壮観。見よこの土器の数々。

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こんなに素晴らしい展示ですが、やっぱり歴史で人気があるのは戦国時代以降ですよね。わりと素通りする人が多かった。ぐぬぬ。守ってほしいこの展示。

この火焔型土器の特徴は、「鶏冠状把手」という口縁部の意匠。

これについて、側面から見ると4本足の動物に見えるだとか、裏面は飛び跳ねる魚がモチーフではとか、いろいろと推測されている。そこで、この火焔型土器がいかにオーパーツ的な複雑な意匠であるかということを写真で確認したい。

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最初の方の火焔土器の写真とあわせてみてください。

真横から見ると、確かに4本足の動物っぽい。犬とか、狼かな。しかし・・・

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わざわざ4本足として写実的なイメージで描いたとしたら、こうやって4本とも外側に湾曲させてしまうのはどうしたことかという疑問が出ます。

またそれが、ウラ側が別のモチーフによるらしいところから、2つのモチーフを組み込むためにあえて表側を平面図として落とし込んだとすると、非常に高度な読解能力が必要になる。「写実的」な絵を「平面」にし、デザイン上の問題から「立体的に湾曲させる」という作業です。つまり、子供には認識できないような「大人の事情」を汲み取る必要があるのです。

ところで、縄文時代という名前の由来である『縄文』ですが、当然これは縄文土器から来ています。火焔型土器も縄文土器のひとつですが、よく考えると縄文ではなく立体的な造形で装飾してある土器です。通常の縄文土器はこんな感じ。

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細い木の棒や竹筒に縄を巻きつけて、それを転がすことで土器に模様をつけます。他には、写真左の土器のように、貝殻で模様を刻み込んだ時もある。

というわけで、このように従来の縄文土器とは一線を画すデザインである火焔型土器を見た時、当時の一般人にはいきなりそんなハイコンテクストな造形を理解するような文化とか趣味があったとは考えにくいんじゃないかなと思うんだよね。

まずは土器に犬とかイノシシとかをデフォルメしたようなデザインが取り込まれて、次第にそれがシンボル化して模様・立体造形と一体化するというような順序があればともかく、突然現れた火焔型土器に具象的なモチーフが二重に取り込まれることなんてあるかなあ。

もしでも本当にそんなデザインだったとしたら、恐るべき天才の発明だよね。それはそれですごくワクワクする想像。最初のひとつを真似て作ったものの中には、もとのコンセプトを理解しきれないままなんとなく真似たものもありそう。そういうふうに見えるいびつな土器も、展示品の中にはありました。

 

縄文時代は文献資料が無く真実を知ることは非常に難しい領域です。なので史実を忠実に理解するような楽しみ方はしづらい時代かもしれないですが、なにせ1万年もあった時代なので、これを推理、想像するというのはかなり歯ごたえのあるテーマだし、遠い遠い未知の世界の物語というのは、未来の話であるSFと通じる部分があるんじゃないかな、と思ってます。

とりあえず、火焔土器についてはここでおしまいにします。書いた書いた。