青森旅行2(霊場恐山)

7:00に出発していざ霊場恐山へ!

カーナビは4時間かかるとか意味不明な事を言っていましたが、100kmあまりですからね。グーグル先生は2時間17分とのことでレッツらゴー。

まー無いとは思ってたけどやっぱり渋滞など無く、スイスイグイグイ進むので先生の見立て通り、休憩入れて2時間半ほどで着きました。

山に入ってしばらくしたら深い霧が立ち込めてきて、なにやら雰囲気盛り盛りだった。

して、車道にかかる恐山の鳥居をくぐって少しすると、嘘のように霧が晴れ、道路のすぐ左手には三途の川を渡す真っ赤な太鼓橋が。ステキなおもてなしですこと。ウフフ。

そして臭い!車の空調は外気導入にしていないのにあっという間に硫黄臭が立ち込める。

駐車場は結構余裕があります。朝早いし。9:30です。

 

いやー、ここがあの。恐山でございますか。ル・ヴォワール。オー・ル・ヴォワール。恐山。

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見覚えがありますよ、あの地蔵、あの門、あの風車。

シャーマンキング好きにはたまらないですね。

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…キュルキュルキュルキュル・・・

風車の音めっちゃ物悲しいな!想像以上に物悲しさを感じる音だわ。もはや圧を感じるわ。物悲しさ圧を。ちょっと心臓キュッてなったわ。

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建物も雰囲気がありますね。幅が細めの横板で壁をつくる建築。北海道っぽいイメージがある。

本殿に向かうと、参道脇におもむろに配置された建物。これがなんと温泉なのです。

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お目当のひとつ。身を清めてお参りするというのが本来の趣旨らしい。ということで早速入浴。この参道脇には男湯、女湯、男女入れ替えの3つのお湯があります。

あいにくこの時間は入れ替えの湯は女湯だったので、男湯にゴー。

引き戸を開けると、すぐに靴を脱いで板張りの脱衣場があり、扉などはなくそのまま浴槽になってます。もちろん洗い場などはありません。

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こういう温泉はこういうもんなのですが、まあこの硫黄の強さなら雑菌やら汚れやらもすぐに一緒くたに硫化物と化してしまうんじゃないですかね。なんせ入浴時間は3〜10分までにしておいてくださいと注意書きまであるお湯です。

ほんじゃありがたく貸し切り状態で失礼いたしやす〜ザバーっっっっアッツ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

熱いわァ!!

45度じゃきかないでしょこれ。チクショーやられたよ、なんか蛇口あるな水だなめいいっぱい出せ!ってなりますよそりゃ。しかしこの勢いではそうすぐに冷めないですねえええ。

水の出てる周辺にゆっくり浸かります。あーちょうどええ。これくらいが…って言ってるうちに自分の体で水が遮られてももの外側だけアッツ!!!

まあ、(過剰に)身体暖まったしいいか。出るか。というあたりで次の方が入ってこられました。着替えながら様子を見るとやはり水全開で調整されとります。

もう一人入って来て、なかなかマッチョでおっと彫り物が…ゲフンゲフン強そうな方なのでどうだ…?

すごい!水は出しているものの大きく息を吐きながら肩まで浸かっています!強い!さすがだな〜。

 

さて体もポカポカ。7月なのに昨日からの異常な低温で気温は15度を切っていますが寒くなーい。本殿でお参りをすませ、順路を進みます。

かなりゴツゴツした岩の道です。転んだらヤバイし足ひねりやすいのでお気を付けて。
地獄らしい荒涼とした風景。キュルキュルと風車の音。また心臓がキュッとなる寂しさ。

しかし順路ですが、同じ場所から順路の標識がいくつも見えるし道も曖昧なのでよくわかりません。基本的には右手を選んでぐるっと回ればよいのですが、標識ややこしいわ〜。

そして霧に覆われた山々を背景に見えてきたのは宇曽利湖です。恐山というのは、もとは宇曽利山といってうそりさんが訛っておそれざんになったそうです。

一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため…で有名な賽の河原の積み石ですが、前日の大雨と風でほとんど崩れてしまったのでしょう、この日は綺麗に積まれたものはあまりありません。

鬼が、子供達を逃すまいと嵐を呼ぶのでしょうか。崩れた積み石にもまた悲しみが募ります。

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宇曽利湖のほとりでは、風車の音、打ち寄せる波の音、そして湖を望む丘に立つ慰霊碑を訪れる人々が鳴らす鐘の音が寂しげに響きます。

無常です。

ザクザクと砂を踏む自分の足音がうるさいくらいの静けさ。

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地蔵へのお供えをよく見ると、どれも幼児が使うものばかりです。ここは親より先に亡くなった子供達を悼む歴史があるので、直接自分の子に対してというわけではなく子供の化身たるお地蔵さまに対してなのかもしれませんが、小さな靴下が備えられているのを見た時にはさすがに心が痛みました。

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ぐるりと一周廻りましたので、最後にもうひとつあるお湯に浸かります。恐山には宿坊があって、なかなか立派な建物で評判も良いらしいのですが、その宿坊の裏に混浴の温泉があります。

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恐山で混浴つったらこれはもうほぼ男湯みたいなもんですよね、これまた貸し切り状態。と、いうことは…アッツ!!!!

しかもこっちは水が出るのがお湯が出てくるところのすぐ脇!よう冷めへんわ!

かけ湯で体を温めつつ、足湯のような浸かり方でお茶を濁し撤退!

すると男女グループの声が聞こえてきて、うっすら焦りつつ着替えていると男性が入ってきました。アレ、すみませんと一言あり戸を閉めると前で待っているようなので、ささっと片付けて風呂を後にしました。

…が!腕時計を忘れたことに気付き、んーこれは入れるのか?と思って戻って見ると、戸が開きっぱなしになってる。どうやら家族連れで足湯として楽しんでるみたいで、無事時計を取りに入ることができました。

ほかにお客さんいなければ、混浴を家族で足湯に使うというのはアリですね。

 

ちょうどお昼時だったので入口付近の食堂でカレーライスを食べました。至ってふつうの甘めのカレーだけど、なんとなく懐かしい感じの雰囲気で悪くないです。昔ながらの観光地のドライブインのような。

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良い。

 

帰りしな、折角なので聖地巡礼的な…

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よぐ来たにし

ぐーちゃんの店のモデル。ぐまくらでなくくまくら。元、ですが。今は下北妖怪ハウスとなっている。なんやねん。

 

青森旅行1(三内丸山遺跡と青森県立美術館)

東京-新青森は3時間17分、長い。

東京-新大阪2時間33分には慣れてるけどこの差がだいぶ遠いですわ。

本来は八戸で降りて青い森鉄道下北駅まで行く予定だったのですが。

例の西日本の豪雨と連動して遠く離れた青森も本降りの雨、

仕方なく日程を変更して日曜日に恐山に行くことにしたんだけど、そうすると電車移動では帰りの新幹線に間に合わせるのが難しい。というわけで新青森駅からレンタカーとなりました。…出費!致し方無い。

昼過ぎから雨が強まる予報ということで、まずは屋外の三内丸山遺跡に向かう。駅から車で15分ほどで到着。

出土品が展示されているミュージアム縄文土器を見る。

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うん・・・あんまり上手くないな。(写真はいい方)

以前新潟で火焔型土器を見に行ったんだけど、あれが5500年前頃の時代に作られたのと比べて、三内丸山の土器は5000〜4000年前頃とより新しい時代に作られたわりには・・・?というのが正直な感想だ。すまん。三内丸山の人。

ええねん、土器は煮炊きができれば十分なんや、という主張はごもっともで、新潟が過剰なのは明らかだけど、こうも差があるものなんだなあと。

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それより漆器の方がいいよ。縄転がしてる場合じゃない。塗らなきゃ。漆。

 

さて、外に出て遺構を見ます。基本的に雨を舐めてるので傘を持っていません。でも貸し出しの傘がありました。だよね〜、あると思ってたんだよ。

再現された住居は藁葺きや土葺きなど種類があり、結構な数が建てられていて中に入ることもできる。

中に入ってみると、外の音がかなりシャットアウトされて静か。でもこれ土葺きとかミミズ垂れて来たりしないのかしら。ばあちゃんが引っこ抜いて鍋に入れちゃったりしてな。これには縄文キッズもドン引き。あはは。

なにやら現代式のドームのような建物もあり、中に入ると遺構がそのまま保存されているのを観察できる。柱の跡やら土器が詰まった地層の断面など。

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そして、三内丸山といえば4階建掘立柱ビルディング。

うーん確かに用途、謎。でかいけど、住めるような感じじゃないのでまあ櫓か楼閣かではあるでしょ。

僕の通ってた小学校にですね、大きくて長い丸太を3本てっぺんで結わいて3階建にしたターザン小屋というのがあったのですよ。2階と3階から太くて丈夫なワイヤーが地上に伸びていて、豚の丸焼きのような格好で滑り降りると楽しいやつがありました。

ええ、違いますね。そんな楽しいやつじゃないだろうね。流石にそれだったらレクリエーションに力入れすぎだよね。

三内丸山、意外というか案の定というかコンテンツ量が少ないですな。他の遺跡に先立って発見されたばかりに。というか大都市から遠く金が集まらない宿命か。しかも入館料無料だし。

 

続いては遺跡のお隣にある青森県立美術館へ。雨足が強くなり観念してコンビニで傘を買う。必要なら買えばいいのです。

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よい建物です。煉瓦造りを白塗りにしている。木のマークのネオン、夜綺麗だろうな。

ここは奈良美智で有名なのではないでしょうか。こちらを見つめる女の子の。この美術館には大型オブジェであるあおもり犬があります。

会期中だったのは「フランスと日本展」でひろしま美術館のコレクションを紹介するものでした。

内容はまあ結構バラバラっちゃバラバラだったけど、モネとかドガみたいな印象派が中心だったかな。だけどジャポニスムまでは踏み込まない。逆に日本の洋画家によるヨーロッパの印象みたいなものがよくわかる展覧会だった。

印象に残ったのは以下。

常設展のコレクションもなかなかボリュームがある。特に気になったのは

  • 棟方志功ミシシッピー河の自板像の柵 …twitterのアイコンにして欲しい。
  • 工藤哲巳:増殖性連鎖反応-1 …キャンバス油彩のやつ。
  • 工藤哲巳:縄文の精子の生き残り …おっタコだ。これはちんこじゃない。と思ったらちんこだった。
  • 佐野ぬい:回想のハーフタイム …青、部屋いっぱいの青。
  • 佐野ぬい:あの頃の街 …タイトルがずるいな。

佐野ぬいさん、1932年生まれで現役ですか・・・!

結構夜まで時間が余ったのだけど、あまり他の観光施設を調べていないので、青森駅周辺でお土産を物色しました。

と言っても雨がかなり本降りになってきて歩き回りたくない。駅の横にシャレオツ施設があることを事前に調べていたのでピンポイントで狙い撃ちです。

A-FACTORY|A-FACTORY・あおもり旬味館・青森ラビナ・弘前アプリーズ(公式)[株式会社 JR東日本青森商業開発]

洒落た土産と洒落たカフェやらが入ってます。とにかく土産が洒落ている。ちょっと高い。ちょっと高くて洒落てるやつがいっぱいある。同じ事ばっかり言ってますね。

なんかよくわからなくなってかなり買った。シードルが気になりますね。何本かシードル買いました。瓶たくさんとか持って帰りたくないので宅急便で送る。ええい金じゃ!金を払えばええんじゃい!

 

飯ですか?

そんなにいいもん食べてません。最近うまい魚介も食ったばかりで、ナマモノもともと苦手で最近克服したばかりなのでたくさんはいらないんですよ。ちゅーわけでおやすみ。

翌朝…

ひとり旅で土地のもん色々食おうと思ったらホテルの朝食バイキング一択ですな。郷土料理いろいろ。でも…コレだ!というのはなかったかなー。昨晩食べたラーメンも微妙だし…ラーメン屋にあったあの有名な焼肉タレである源たれをかけたチャーシューとキャベツが一番うまかったかもしれん。

源たれ、実家で常用してますが関東では高い。ことがある。青森でも、土産物屋では定価です。スーパーでは半額以下らしいのだけどこれ以上瓶増やすのもアレなので買いませんでした。

 

とりあえず青森をたくさんドライブした感想としては、ローソンめっちゃ多いなってことですかね。こんなとこコンビニないやろーと思ってもローソンある。なんなら近くにもう一軒ある。

そんなドライブ旅を楽しんだ2日目は次の記事でまとめます。

スプラトゥーン2ハイカライブ

突然ですが、スプラトゥーンにはMCがいるんですよ。1ではシオカラーズっていう二人組のアイドルユニット。2ではテンタクルズって二人組。

そのシオカラーズとテンタクルズの音楽がすごく良くて、最近聞きまくっているのです。

聞くというか見てるんだけど、今年ニコニコの闘会議と超会議でやったリアルライブの映像で、キャラクターは投影用のガラス?かなんかにプロジェクションで映し出されてあたかも本当にそこにいるみたいな映像になってるんだけど、何より歌と動きと音楽が良い!


【スプラトゥーン2 ハイカライブ】超音楽祭2018@ニコニコ超会議2018(コメ有)

一応これが35分くらいあるライブの全曲映像なんだけど、一番注目したのがテンタクルズの新曲として初お披露目になった「ナスティ・マジェスティ」でこれ。


Splatoon2  新曲 「ナスティ・マジェスティ」 Nasty Majesty  (ニコニコ超会議2018)

ヒメ(ちっちゃい方)のステップやばない?どの曲も基本はモーションキャプチャだと思うんだけど、こういうキャラクターでこのえもさを出せるのほんと素晴らしいなって。

他の曲と比べても動きの要素がめちゃくちゃ細かいんだよなあ。腕でウェーブやるところもそうだし、かかとにかかる重心とか腰回しながらステップとか。

実は2016年にはシオカラーズがライブやってるんだけど、その時の動きとは雲泥の差だよね。実際この映像作るのものすごい労力だとおもうけど、着実に技術が進歩してて凄いわ。


Splatoon シオカライブ 2016

ちなみに僕がテンタクルズ推しかというと、まあそうなんだけど、シオカラーズの方がキャッチーで人気なのはわかる。だってアイドルだもの。冒頭のライブ映像でのシオカラーズ登場シーンはアツい。スプラトゥーンで一番アツい曲はシオカラ節というのにも異論はない。

でも、そういうゾーンでゲームをヒットさせておいて2でこのチョイスというのがまた凄い。

Xスポーツみたいな雰囲気でEスポーツ化してもカッコいいし、ストリート系の雰囲気のゲームだからラップが合うのも当然なんだけど、ちゃんと振り切ってラップしてて最高。

ちなみに声は声優じゃなくて実際音楽活動やってる方があててるんですよね。それがいいと思います。

そういう意味で任天堂の“どうぶつの森型言語”は非常に便利ですね。世界展開するときにローカライズの必要が全くないし歌詞も想像の余地があって人それぞれに受け取れる。セリフ音声の録り直しも最小限で済ませられる。

 

ところで一番アツい曲であるところのシオカラ節ですが、超会議でのこの曲のダンスも2016年のライブやゲーム中の振り付けからパワーアップしてますね。

基本的に、モーションとして腕を組んだりするようなポーズは難しいっぽい。おそらくぬるり(ポリゴンがめり込む)してしまうからじゃないかなと思うんだけど、そのあたりの処理が非常にこなれてきてる。

ざっくりいうと関節が増えたし滑らかで柔らかくなってる。指の力強さは顕著に上がってて、27:46の手のひらグイグイはイカが泳いでるようなイメージをはっきり感じる振り付けになった。

27:50では手の振りに顔の向きが追加されてより全身を使ったダンスになってる。

27:52で力こぶを抑えるポーズは動きの力強さが出せるようになったからこそ振り付け変更できたんじゃないだろうか。

こういうとこですよ。ここにこだわるのマジで大事だよね。

 

というわけで動画についてるコメントは基本は可愛いかっこいいだけで物足りないので、知識はないけどどこが良かったのかアピールしておきました。

最後にハイカライブには入ってなかったDLC:オクトエキスパンションのエンディング曲「フレンド・フロム・ファラウェイ」を紹介して終わります。エンドクレジットもすげーおしゃれだよねー。いいよねー。


【オクト・エキスパンション】エンディングソング『フレンド・フロム・ファラウェイ(はるかかなたのおともだち)』【スプラトゥーン2】

しかしどうしてこうもキャッチーな曲を狙ったところに狙った曲数作れるんですかね・・・

 

FLCLとカメラの話

フリクリを全話通して見た。初見。

18年前のアニメなんですけど、その時はまだ小学生で全く知る由も無いという感じであったわけですが、高校生の時にthe pillowsを好きになってアルバム全部くまなく耳に叩き込んだ後にこのアニメの存在を知りました。

当時はあんまりアニメ見てなかったし大学に入ったらまた違う音楽を聞くようになってピロウズはしばらく離れていて、しばらくというか今もごくたまに懐かしく聞く程度になってしまったんだけど、だからフリクリの存在は知りつつもずーっと見ていなかったのです。

そして時は平成30年。おじさんになりかけの僕は失われた青春の痕跡を求め、Fire TV Stickを買ってプライムビデオやらNetflixやらで映画やアニメ三昧という底なしの沼を日々さまよっているのであった・・・そんなある日、

 

そうだ!ピロウズだ!ピロウズの音楽でできたアニメがあった!!

あそこには何かがあるかもしれない!

 

手に入るはずのない光に目が眩み、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 

・・・ってわけじゃ無いんですけどね。前々からいつかは見なければと思っていて、なんと今年フリクリ新作映画をやるってんだからそいつはいけねえ、早いとこみちまわねえとな!ってなもんでGWを有効活用させて貰った次第でやんす。

残念ながらプライムビデオにもNetflixにもなくて、ビデオマーケットって動画配信サービスじゃないと見られないらしい。登録は初月無料らしいがポイント制で全6話で1036ポイント=円。入会時に540ポイントが付与されているので540円で全話見られるようです。

 

ほいで見たのですが、いや〜〜〜〜これは中学生あたりで見ていたらそれはもうこじらせていた自信があります!

なぜって、趣味が合いすぎなんですもん。

まず今日パンの耳ラスクをおやつに買ってきてから見始めたんですよ。そしたら主人公の家はパン屋だし、2話でパンの耳が出てくる。おいおい。もしかしてシンクロしちゃう系?

とか思ってたらマミ美が持ってるカメラはオリンパス。OM-2が出てきて、あーおれのOM-Dの祖先にあたるモデルの・・・と思ってたらなんとOLYMPUS XAまで出てくる始末。

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鶴巻和哉監督 FLCL 3話 Production I.Gガイナックス制作

これ、去年中古で買ったフィルムカメラなんですよ。2000年当時ですらレトロでしょう。1979年発売。劇中のモデルはXA2のアンバーホワイトってやつで、1980年以降に発売されたようです。

f:id:Yoida:20180501190511j:imageこれがこうたカメラや(どや)

まあ音楽が全編the pillowsって時点でそりゃ趣味合いますわなって感じですけど、こうも一致してくるものなのかと。大人ぶって缶コーヒーを飲み始め、演劇や合唱の練習をサボっていたしょーもない小学生のおいどんをこうもなぞってくるストーリーだとは。およよ・・・なんか自分のテンプレさ加減を改めて思い知らせてくれた作品でしたね。

ちなみにカメラの方ですが、ヤフオクなどで比較的手頃な価格で入手できます。ただし、古いものなのでレンズにカビが生えていたり生えていたことがあったりで綺麗なものを入手できるかは運といった感じらしいです。僕は一発目で品質良好なものをゲットできたのでよかったです。ミラーレス一眼も持っているので、一緒にドライケースに入れて保管してます。自分でカビ生やしちゃわないようにしないとね。

円城塔のトークショーにまた行ってきたよ

またトークショー行って来た。

円城塔×佐々木敦 『エピローグ』と『プロローグ』のあいだ ー世界・SF・私小説

というやつです。やっぱりこういうのは同じ人が結構参加してそうですね。

ちょこちょこメモしながら聞いていたので、気になった話などを少し紹介したいと思います。

プロローグ (文春文庫)

プロローグ (文春文庫)

 

 

エピローグ (ハヤカワ文庫JA)

エピローグ (ハヤカワ文庫JA)

 

 

プロローグとエピローグを同時連載する企画のきっかけ

長編を書けといろんな人から言われていたからとのこと。芥川賞を取るまでは原稿用紙100枚くらいの短編を続ける期間があり、いざ賞を取ると今度は長編、それも連載が作家の次のステップだというような雰囲気があるらしい。

面倒なので延ばしに延ばしてたまたま連載の依頼が重なり、じゃあ一緒にやっちゃえとなったそうですが、そんなもん・・・?

 

目論見は「赤ちゃんプログラミング」?

プロローグは最終的にディープラーニングを触るところが目標で、毎月執筆自動化ツールを少しずつ習得して行く予定だったとか。したがって「日記になりますよ」と断りを入れたとか。プロローグを書いて得た技術でエピローグを書いて行く予定が、途中でSFマガジンが隔月発行になるという「外からの攻撃」によって妨害されたとか。

作中に登場する「赤ちゃんプログラミング」が理想だったのかもしれないですね。赤ん坊と一緒に育つプログラム(技術)。しかし全く辿り着かなかったそうです。実際にお子さんが生まれたこともあり完全な時間不足であったと。

 

執筆実演!

当日、会場に来るまでの間に九段下あたりから見える靖国神社の巨大な鳥居を見てSFだなと感じたという。ロボだなと。日本に無数にある鳥居が襲って来たらどうするのか。対抗できるとしたら仏像ではないか。襲いかかる鳥居に立ち向かう巨大仏像たち。しかし鳥居はそこここの小便禁止の張り紙から、伏見稲荷の千本鳥居から次々と飛び出して来る・・・

おお、円城塔の小説だ・・・!って感じですよまさに。執筆実演という感じでなかなか良い体験。

 

現実をチョンとつまめればいい

ええと、どういうくだりでこの言葉が出て来たんだっけな。おお!なるほど!と思ってメモしたんだけど・・・

確か飛浩隆の小説にあったと思うんだけど、「世界に右クリックを」って発想に近かったような。円城さんが良く言う「見たままを書いただけです」とはどういうことか?という永遠の謎を佐々木さんが追い求めたことに関連した内容だったような・・・

 

SFの単語が更新されていない

SFの課題というか、登場する技術はどんどん更新していかなくちゃSFじゃないんじゃないかという問題意識があるとのこと。実際停滞していませんかと。そういう意味でプログラミングやディープラーニングという話に繋がって来る訳ですね。なるべく実践しようと。藤井太洋さんはかなり頑張っていらっしゃりすごいとも。

 

今後どんな方向へ向かうか

今年は文字渦の単行本が出るはずということで、かなり日本語あるいは日本に接近するようです。質疑応答でも、プロローグとエピローグで記紀がモチーフになっていることについて、雨月物語をやったあたりからあれ、日本語ってなんだ?日本ってなんだ?と考えるようになったと回答。また、大阪に住むことで実感した、東日本とは異なる大和朝廷史観の存在も契機となっているとのこと。

一方で「5万部売れる小説を書く」という謎の具体的目標を掲げ始め、歴史物とかいいんじゃないか、生活があるから、とか本気なのかなんなのかわからない発言を連発。最終的に「日本列島に大陸の北から南からそれぞれ別の言語を持つ民族がやって来て出会った頃の話を書く」という完全に5万部売れないアイデアに辿り着き早くも計画が頓挫した。

実際のところはコードが書ける編集さんを探して取り組みたいアイデアが一つ、メカ藤原俊成を作って現代の和歌から勅撰集を作ったら良いのではというアイデアが一つ、そして現在進行形で何かは言えないでかい案件が一つ、という話が現実的なところなのかな・・・?

 

あとはあれですね、どこで出た話か忘れたけど、ボルヘスは結構ふざけてる人なのにみんな真面目に読みすぎという指摘が面白かった。関西弁で翻訳したらいいんじゃないかってのは笑いましたね。

 

で、トークショーに参加してその後も色々考えてみて改めてプロローグとエピローグについて思うところでも書いて締めましょう。

 

簡単にいうと、レムじゃね?という話。

プロローグとエピローグというセット自体は、レムの虚数や完全な真空みたいに架空の本の書評や序文というところからの着想だったんじゃないでしょうか。昨年末、レムの鼎談では完全な真空が一番好きだと言っていたし、未来のゲームレビューサイトという設定の赤野工作著『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』も絶賛していたので、「本体が無いがあるかのように書いた話」にかなり興味があるのではないかと。

プロローグではこれはある物語の物語である…とはじまり、エピローグでこれは物語のその後の物語…と描かれる。テーマ(かつ主人公?)が物語(ストーリー)なので、「物語の物語である・・・」とかややこしく見えるけど、こうしてレムと並べてみると、あからさますぎるほどに文字通りにも思える。

また、両作にはもったいないと思わせるほど雑多なアイデアが放り込まれていて、その点は佐々木敦さんも指摘していた(「ひとつひとつのアイデアを膨らませて別の作品書けそうなのに」)けれど、このアイデアの無駄遣いということこそ円城さんがレムを評して言っていたこととまるっきり被ってくる。アイデアは提示するからあとは考えてよ、わかるでしょ?というスタンス。

 

ということで、文庫本が出たので2回目として読み直して、本人の話を聞いて、過去を振り返ってみたらだいぶスッキリして来た気がします。いつも難解だと言われているけど、本人は「見たままを書いている」と言うだけあってコンセプト自体はかなり単純なことが多いんじゃ無いかと思い始めています。結局そこに至るプロセスが数学的だったりプログラミングだったりで僕らには難しいんですけどね。

プロローグまた読みました

いわゆる私小説であり、わたしの小説でもあるというのはどうかな。わたしの小説、わたしを(書く)小説、わたしが小説。かなりSelf-Reference ENGINEですね。単行本既読なので2回目ですが明らかにより面白くなったしより理解できたと思います。

読んだので、作中で気になったところにいちいちコメントする記事を書きました。この作品の構造を解説しようという気はさらさらなく、非常に個人的な共感や内容と無関係な連想なんかをですね、並べて行く訳です。読書日記ですね。

では、章I〜XIIまで、気になった部分をページ数をつけて引用してコメントします。

 

I

p9 吉祥寺のアーケードにあるエクセルシオールカフェの二階

のっけからなじみ深過ぎる場所が出て来て仰け反った。人生で2番目に多く通ったカフェでは・・・


II

p47 ともかく最初の人類はただ二人きりではなくて、ある程度の大きさの集団だったはずだろう。

そうですよね。結局は定義の問題になる。「現生人類とは」に対応する定義を決めたところで、その定義を一部満たし一部満たさない集団がいたはず。彼らの個体間にも差異があり、親と子でも定義を満たしたり満たさなかったりする時代が数万年ほど続いたのではないか。いつしか定義を全て満たす個体しかいなくなるが、それまでの間、60%や80%の個体が定義を満たしていた期間を現生人類としなくて良いのか。つまるところ、明確な切り分けはできないとなる。

p54 『すらいムしよう!』

驚くべき事にニコニコにプレイ動画がある。

p58 山幸彦と混じっているのではないか。

古事記ネタ。何気に山幸彦は神武天皇のお父さん。

 

III

p85 蟹としての風味は弱く、南国らしい淡白さ、オリオンビールのあのすかすかとした感じと似たものがあり他の地域で食べるとあまり美味しくないのではないかと思う。湿度の高い気候に、レモンや溶かしバターがとてもよく合う。

これは常々僕も感じている南国テイストの話で、南の国は味が淡白ですよね。ソーキそばとかフォーとかカオマンガイとか。青島、シンハー、オリオン、カールスバーグ(輸入だけど香港などよく出る)等々ビールも薄い。

持論では蒸し暑いところではコクがあり過ぎると鬱陶しいのだと考えてます。個人的には結構好きです。

p92 「イエメンで鮭釣りを」みたいな響きだ。

白水社のエクス・リブリスシリーズから出ているイギリスの小説。面白くはあったがラストのオチがあまりにもイギリスらしい終わり方で(イギリスの文化に)呆れた印象が強い。

まずイギリス映画についての偏見として、イギリス人は首が飛ぶのが好きなようである。とにかくオチでいかに景気良く首を飛ばすかに賭けている節がある。ギロチンと言うとなんとなくフランスをイメージするが、イギリスも負けず劣らず処刑見物が人気の娯楽だったと聞く。ハリファックス断頭台という発明もある。考えてみると日本には切腹という独特な文化があり、イギリスでは首切りなのだということだろうか。

まあ別にこの小説では首が飛んだりはしないのだけれど、それに近いブラックユーモア(なのか?)が唐突に現れてやれやれと思わずにはいられなかったです。

ちなみにこの小説、なんと映画化までした上、日本でも公開されている。

 

IV

p93 昼日中でもあったから、いきなり柱を巡りはじめて出会い頭に繁殖を試みたりすることもなく、非常に事務的にことは進んだ。

これも古事記日本書紀。前文の河南の地が生まれたことにかかっており、古事記ではイザナミイザナギが柱を巡って出会い頭に繁殖を試みたところ日本列島が生まれている(本当に)。エピローグにおけるイザナミ・システムとイザナギ・システムに対応している。

p113 『宇宙戦争』は一八九八年だから、漱石の英語留学より先だなとふと思う。

夏目漱石の『思い出す事など』では留学での学びに関することが書かれていて、宇宙に関する話題も多い。7項などはTumblrでも流れたりしてきてなかなか面白いものです。

 

V

p128 羽束は路線バスというものがどうも苦手だ。前から乗るのか後ろから乗るのか、先払いか後払いか、整理券があるのかないのか、どうも変に緊張する。鉄道ならばどこも大抵乗り方が決まっているが、バスの乗り降りには意外と多くの作法があって、しかも現地の人々は他の方法がありうるとは思いつかないかのように当たり前の顔で昇降している。

禿同というやつである。いつ来るのかいつ着くのか、もう来たのかもう出たのかという点も。通勤通学でバスが必要だったことがないので馴染みがないのだ。

p130 「楽をしたいね」と言う。椋人曰く、自分は楽をするための労力は惜しまない人間である。その工夫のために執筆や話の筋が進まなかったとしてなんであろうか。

この矛盾は昔からなんとか正当化しようと思って生きてきたテーマですね。シャーマンキングの葉もそうだったけど、僕もその仲間です。今の所、楽をするための労力は楽しいと思えるものであればそれも楽のうちである。と言うのが落としどころかなと考えております。月並みですが。

p146 サイバーシン計画

書中でも説明があるが、チリで行われたテレックスによる計画経済(計画生産)システムの試みのこと。社会主義由来のサイバネティクス技術に基づく共産主義的な発想。テレックスとはなんぞやと言うと、電話回線を用いて文字情報をやりとりする機械であり、パンチカードを吐き出すタイプライターのようなものであるようだ。

 

VI

p157 「伏見稲荷大社は」「行きました」「上の方も」「それは勿論」

伏見稲荷に行ったという人がいたら「上の方も」と聞くのがしきたり。僕は「上の方も」行った人には出会ったことがない。自分自身も途中で降りた。

p163 鞍馬寺は魔王を祀ってるんだよ

本書プロローグの単行本が出たのが2015年11月。文學界では2014年から連載しているけど僕は単行本で初めて読んだ。なんとこの年、僕は2015年の4月に京都旅行に行き、実際に鞍馬から貴船まで徒歩で観光したのである。そして鞍馬弘教と神智学のオカルト感溢れるあれこれを調べたりしていたのだ。

もっとも、もしかして連載の情報が何処かから漏れ聞こえて来ていて頭の隅に鞍馬寺に行きたいという意識が埋め込まれていたのかもしれないけど。

ちなみにこちらの記事で旅行記を残しています。普通に観光ルートとしておすすめですよ。

sokonuke.hatenablog.com

p186 一日必千人死一日必千五百人生也

古事記にて、亡くなったイザナミを黄泉の国に訪ねたイザナギは妻の変わり果てた姿に慄き逃げ出してしまう。イザナミは怒りどこまでも追いかけて来るが、最後に大きな岩で道を塞ぎ現世に戻る。岩を挟んでイザナミ曰く、この恨み、日に千人の命を奪って思い知らせてやると。イザナギ曰く、君が日に千人を殺すのならば、私は日に千五百人を産もう。こうしてこの世は日々人が死に生まれる国となった。

 

VII

p198 これはどうやらはるばると、荻窪から移設されてきたものらしい。

こうして2年半越しに読んでみると、自分の方が荻窪へ越してきているのである。不思議なものだ。

p200 ニューエイジと言えば、フリーセックスにドラッグ、密教といえばドラッグでもあり

密教ニューエイジデトロイト漱石、マイアミで古今集みたいな。

p209 明治日本の進化論の受容とかも謎なんだよ。大抵、揉めるじゃない。我々は猿ではないとかいって。でもなんか日本の場合は、なるほど猿であったか、お説もっともである、そう言えばかねがね隣のあいつは猿に似ていると思っていた、っていうくらいの感じですぐに受け入れるんだよ。

またも漱石の進化論好きに接近する内容。

 

VIII

p225 モルグという名のオランウータン

オランウータンの名前としてこれ以上の悪ふざけはない気がする。この章に関してはほとんど自分が見知ってきたことと繋がらなかったな。

ほんの少ししか関係ないけど、ジョジョ3部のストレングス戦はポーが若干なりとも下敷きになっているのでしょうか。

 

IX

p255 十円安く買うために交通費を百円かけるか、その場で十円高いレタスを買うかと行った話だ。

全く本筋に関係ないですが、ここまで極端じゃない場合、どう考えて良いかって難しいよね。特に100m離れたスーパーに行くかみたいな直接金額にできない事柄とか。

例えばそれを勤め先の給料で時給換算してみたり、往復200m歩く際の消費カロリーで計算してみたりという案くらいはすぐに思い浮かぶものの、結局は変換に変換を重ねただけで適切な値付けが難しいという問題はなんら解決していないわけです。

そういうことばかり言っていると機会費用を言い訳に浪費を続けることになり、現実的に入手できる現金は限られており、機会費用などというものは著しく流動性が低い代物でしかないのだから、というあたりまで考えたところで面倒臭くなるのがいつものパターンというやつです。

p261 パッケージマネージャーは本来、そういうソフトウェア同士の競合を避けるために導入されるもののはずだが、それ自身依って立つ所もまたソフトウェアであり

エピローグのバージョン管理エージェントのバージョン管理エージェントというところに対応。やはり現実の話なんですねー。

p268 坂上田村麻呂と言われると、どちらかというと悪人だと感じる。

こういう地域的な歴史教育ってどうやって実行されてるんだろう。国レベルならまだしも、日本国内でそういうのが食い違うっていうのは。会津が長州を許さないだとか、いつ教育されるのだろう。

千葉育ちではそういう歴史イデオロギーが薄くて想像がつかない。いや、もしかすると当たり前だと考えている歴史が他県のそれと違っている可能性はあるが、少し頑張って客観性を働かせてみても千葉はほとんど無いと思う。

p269 天の岩戸は宮崎県に存在する。瓊瓊杵命の鉾は高千穂の山頂に刺さっている。そうして黄泉比良坂は島根県に実在するのだ。

これは本当に変な気持ちになることである。そんなあっけらかんと存在して良いものでは無い気がする。黄泉比良坂は島根旅行の際、迷ったが近場に何もなく実際そこにも何があるわけでも無いということでやめにした。

p273 いわゆる視肉で肉芝で太歳で

太歳というとFF11の「峠の太歳」を思い出しますね。オンラインゲームの中で生まれたフォークロアと言える。「峠のTaisaiがリフレシュを落とした」(ラングモント峠という場所でTaisaiという敵がリフレシュという魔法を覚えられるアイテムをドロップした)というデマが駆け巡り、かなりの長期間、くだんの峠にプレイヤーが集結した。

 

X

p298 こういうことを書いていると、それは生物学の知識として間違っている、そういうところが駄目だと小説も駄目になるんですよ、僕は昔そのあたりのことを調べたことがあるからよく知っているんですとか、したり顔で言い出す人が出てくるが

あの人だ・・・

 

XI

p321 だから星川は、Wi-Fi環境下にいることは、人間の基本的人権に近いものだと考えている。

頻出です。テストに出ます。

p323 ちなみに現在の地上にはルートサーバーは十三台あり、十三台しかない。

でも分散処理をしているので物体としてはもっとあるというあまり面白くもない現実。バズりそうなネタはよくよく見ると但し書きがついているものだ。

p333 ここはあれだろ、大谷資料館。

帝国ホテルの大谷石はここの布石であった。石だけに。

もはや不気味ながらこれも単行本発売1ヶ月前に僕も訪れた場所なんですね。

まあ大谷採石場跡はなかなかの場所ですよ。関東の人は餃子でも食べつつ日帰り旅行などして見ても良いと思います。

 

XII

 p345 そこからカリフォルニア・ゼファーに乗り込み

 アメリカの荒野を駆け抜ける高速鉄道については円城塔の奥さんである田辺青蛙による夫婦エッセイ「モルテンおいしいです^q^」に詳しく書かれている。

p358 こうして地ならし作業を続けているだけにすぎない。何を迎え入れようとしているのだろうかと思う。自分たちはいつか「生きた人間」を小説に迎え入れるためにこんな作業を繰り返しているのだろうか。

ここでネタばらしというか、エピローグへ続く。という話になるのですね。

371 わたしは今この最終回を、荻窪サンマルクカフェで、荻窪フレッシュネスバーガーで、吉祥寺のエクセルシオールカフェ

最後の最後に来てまた怒涛のよく行くカフェ被りである。

 

次回はトークショーのことを書こうと思います。

ボツツイート集2017

今年もTwitterの下書きを一掃したいと思います!

やはり躊躇するだけあって社会派のしゃらくせえツイートが多いですね。あとはうんこでしょうか。 例によって今回もツイートにさらに一言コメントを追加する無駄の重ね塗り形式でお届け致します。

 

鍋焼きうどんってうどんにコシがない方がうまいと思う

ダシがしみる。確かにそれもなんですけど、全体的なバランスとして。ホフホフ食べたい。

ガムランを聞きながらうんこしたらデトックス効果が高まるのではないかと閃いたのですが誰か試しませんか。

ガムランとうんこって合う気がしませんか。

「キリンの反芻」ってことわざにならないかな。無駄骨を折ること、あえて面倒なことをすること、とか。

するらしいんですよ。あの距離を。

夜の言問橋はかっこいいで

写真撮りに行こうかな。うまく撮れるかな。運転してると撮りたい風景によく出会うんだけど車だから通る場所なんですよねー。

ダブルベンツのスーツってうんこするとき少し注意が必要だよね。

こう、垂れるじゃない。裾が。

2万円盗む泥棒を捕まえるのに5万円かかるとき、おれはやーめたってなるけどみんながそうだと2万円盗み放題になる。ここで自分の損得を気にしない癇癪持ちが意地で泥棒をとっちめる。つまり短気で怒りっぽい人も必要悪。おれはその人たちの作る平和にタダ乗りしていきたい。

癇癪というのは失礼でしたね。れっきとした被害者ですから。

キンコツリューリュー

自分の中の旬が短かった。

例えば田舎の暗い国道の先にぽつんとコンビニの明かりが灯ってる切なさと暖かさを、君の名はを経たこれからのアニメは描けるかもしれないということなんですよ。

君の名は。はそんなに好きではないんだけど何かと比較してバカにするのもちゃうやでっていう意見。

歳を取ったのか松居一代みたいなコッテリした案件はどうも箸が進まなくなってきまして

どうですか?今の時代、もっと簡単に消費できる軽いネタの方が乗りやすいですよね。

パックンが言ってたけど大人は子供より学ぶスピードが断然速いというのはよくよく認識しておくべきだよね。

大人の方が勉強得意だって絶対。短時間で学べるのだという意識を持って学びたい。

著名人の相撲観戦、アメリカにおけるボクシング観戦と同じニュアンスじゃないかな

日本映画にそういうシーンが欲しい。

メイスン&ディクスンを読んで感じたのは、思ってた以上に人間って線を引かれると殴り合っちゃうフレンズなんだなってこと。線を引くこと自体も是か非かで線が引けちゃうんですね。殴り合いは嫌だから線を引かないでくれ!と言うために結果殴り合ってしまうこりゃ原罪重すぎやでぇって感じ。

ワタクシ、子供でも線を引かれると敵対心が湧いてしまう「ドッヂボール理論」というのを提唱しておりまして、自説ながら色々と応用が利くのではと感じているところです。

ムカつく上司とかへの対処法(受け止め方)みたいなライフハックたまに流れてくるけど、それが必要な人は多分長続きしない気がする。長年にわたる昆虫観察や動物観察等のバックグラウンドがあってはじめて思考癖として染み付くものではなかろうか。

「この人はそういう環境で育ったのだから仕方がないんだ、と考える」みたいなライフハックを見て書こうとしたやつ。140字では前半部と後半部を繋げられず諦めました。まあ無理でしょ。そう受け取れる人は良くも悪くも他者を自分がコントロールできるものと捉えていないんですよ。夏は暑くて冬は寒いみたいな自然現象と一緒。そういう意味で人を見下していると受け取られることもありあまりオススメしたい性格ではない。

ひらがなの「い」が文字の体をなしてないという外国人の指摘を考えると、「いしい」さんなんかはそんな描き損ないのヨゴレみたいな苗字で悔しくないのかとか言われそうだな。

日本人からするとアラビア文字も理解しがたいですけど、ひらがなもそう思われているようです。

「最近のワンピースつまんなくなった」って言ったことないと思うな

このセリフって大体自分が飽きた時に言う人多くない?

江戸とか明治の時代の学者の話を読もうとすると、その先生方のテキストは漢書だからほとんど知識がなくて歯抜けにしか読めないんだよな。その時代の学者先生が子供の頃から勉強したテキストってことは、ちょっとやそっとじゃ頭に入らんだろうなあ。

現代教育から見た近代・中世の教養へのアクセスのしづらさ。予想以上に色々なものが断絶し失われていそうで、このことを考えるとちょっと怖い。

戦前の建物とか街灯ってすごく手が込んでるものが多いけど、なんでそういうことができたんだろう。豪奢な建築なんかは富の偏りがないと難しいと思うんだよね。最近、貧困問題が取り上げられるけど、昔は皆が等しく貧しかった/現在よりも一層限られた人々しか裕福ではなかったということなんだろうか。それにしては遊郭なんぞはそんな少ない人々を相手に商売が成り立つんですかという感じもする。

ああいう街並みってもう作る事できないんでしょうね・・・

ミサイルに関してはまったく自分に関係することとして捉えられなかったな

Jアラートになんの緊張感も感じなかった。システムが悪いとかっていうんじゃなくて、なんか実体験とかそういうものが無い限りはおれもう無理だなって感じた出来事。

昭和レトロ趣味それ自体よりも昭和レトロ好きの雑さが嫌いみたいなとこある

やるなら徹底的じゃ無いと認めない。錆びた風の綺麗な印刷とかクソ喰らえ。

直径を示す⌀はギリシャ文字のφ(ファイ)とは違う記号で「まる」が正しい読みだけど、ほとんど「パイ」と呼ばれることが多くて、パイはファイの間違いだっていう問題

自分でも読む気がしない。

「女」を描いた作品に比べて「女性」を描こうとした作品はちょっと表面的なところで止まってるのが多い気がするな。それより「わたし」を描いたものの方がずっとよくて両方のテーマを含む気がする。

こういうのって具体例がないと胡散臭さがなーと思って。

虎の顔が前面にプリントされたTシャツを着せられた子供がおりこれが大阪の英才教育かと唸った。

東京でも見かけてやめたツイートですね。

中国と朝鮮の歴史に触れようとすれば右翼思想に邪魔をされ
日本古代史に触れようとすればオカルトに邪魔をされ
自然科学に触れようとすれば環境保護団体に邪魔をされ
経済学に触れようとすればビジネス書に邪魔をされ
栄養学に触れようとすればエセ健康ハウツーに邪魔をされ

 最近うまくGoogle検索を使えていません。ノイズがすごい。

同じ過ちを繰り返す人間とかっていうけど、ふつう動物って代を重ねても同じ過ち繰り返すしかできないし、多少なりとも進歩してるわけだから大目に見てやってよ。

まあ当事者になったら話は別ですが・・・

獣害駆除の話があると食えないのかって話になるけど、駆除したら獲れなくなるようなのはビジネスにならないよね。初期投資を回収して継続的に利益が出て初めて産業になるわけで、残念だけど焼却処分もやむなしだよね。

感謝して食べれば殺してOKというの昔から納得できないんですよね。食べても食べなくても人間の都合で殺すんだって理解した上でちゃんとその業を引き受けてやろうよっていう。だから殺すのをやめよう、というのも逃げですよ。いずれ間接的には殺すのだから。

働き方改革とかで勘違いしてる人がいると思うんだけど、基本的に人間は労働まみれで人生を終えるのが本来の姿であって、我々はそれを最大限圧縮してコスパが最強に悪い余暇にそのエネルギーを注ぎ込みたい系のハイパー過激派なのだってことですよ。

人間は歴史的に見ても働けるだけ働くし、他者に対してはそいつが働ける限界までその対価を値切ろうとする悲しい性があると思います。働くことで自己実現を感じる仕組みもあるし、我々がやろうとしている改革は遺伝子を超越する崇高な試みだと認識してこの聖戦を戦おうではないか。諸君。

小学生のときの校庭でダンスとか演目が始まる前のしゃがんで待機してるときに蟻が現れて蟻を観察してるときの気持ちになりたい

 急に志が低いな。

東西線大手町駅きれいになっとる

駅が変わるの好きです。基本的にリニューアルは全て好きです。

電車の窓枠に東芝製16GBのSDカードが置いてありかなり気になる。この気になる度を生かしたイタズラ何かできないですかね。

やめましょう。

twitterで嫌なこと言ってる人いてムッとすることあるけど、自分の知ってる人たちのことを考えるとそんな奴全然いない事を思い出して落ち着く。

2chでもありましたけど、なんかネットってその場だけが世界の全てになっちゃったり、存在しない敵を作り出したりしちゃうことありますよね。なるべく気をつけてます。

 

毎度ながら、冴えないですね。冴えないツイートを集めたのだから当たり前だけど。そう考えるとブログの方が自由だね!