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2016年の読書と『この世界の片隅に』

※引用記事はかなりクリティカルなネタバレあり。この記事も少々ネタバレあります。

 

ほんと本やら映画やらは思わぬところで繋がってくるもんですね。
去年、古事記を読んだこと、参考に読んだ漫画『ぼおるぺん古事記』がこうの史代さんの作品ということ。
その後、こうの史代原作の『この世界の片隅に』のことを映画公開日に知ったこと。

 

 ひとつこの映画の考察記事をご紹介します。

magazine.manba.co.jp

(以下引用)

この光景に重ねられた「この国から正義が飛び去ってゆく」ということばは、あたかも「アキツシマ=トンボの国=日本」から「アキツ=トンボ」が飛び去って行くことと呼応するかのようだ。

 

古事記では日本の雅号(褒め称える異名)として「秋津洲(アキツシマ)」というのが出てくる。
この秋津っていうのはトンボって意味で、日本列島の形を示しているのか、昔の日本はとにかくトンボが沢山いたのか、実際に日本は湿地が多くて豊かな水源があって、トンボは豊穣のしるしとして用いられたのかもしれない。

ちなみに日本の別の異名として「葦原の中つ国」というのもあって、これは神の住む高天原や死者の住む黄泉の国と人の世を区別する表現なんだけど、現世はやたらと葦が生えている土地だと。そういう表現。
葦が群生する湿地帯というのはトンボも多いだろうし、かなりビジュアル的に納得できると思うんですよね。
また、葦が群生というのは人間を示してもいるらしい。神/人間/死者という区別に対応してるんだけど、ちょっとこれはパスカルの「考える葦」を思い出しちゃいますよね。
パスカルは17世紀フランスの人物、古事記は8世紀に日本で編纂されたわけですからロマン溢れますね。両者同じく、葦をひょろっとしてて頼りない弱いもの、それでも群がって強く広く繁栄するものと認識しているはずです。

 

古事記に書かれている神々の勢力争いは実際にあった氏族同士の戦いを表したものとする説もあり、もしそうだとしたら、当時の日本の中枢だった近畿地方がまさにその争いの場であった可能性が高いです。
ちょうど去年は『村上海賊の娘』を読んだのだけど、戦国時代の近畿地方もまた葦原が広がる大湿原だったという描写がある。そういう意味で、『この世界の片隅に』で描かれる干潟や、広島のデルタは西日本地域の土地の歴史を思い起こさせる。

ちなみに聖徳太子の時代を描いた『大和燃ゆ』シリーズも去年読んだのですが、当然西日本が主な舞台で、瀬戸内海を遣隋使、遣唐使の船が幾度も行き来する情景も重なってきました。

 

こうしてエンタメ的な『村上海賊の娘』から『古事記』勉強、そして古代史勉強を経て改めて歴史ロマン『大和燃ゆ』を楽しみ『この世界の片隅に』の昭和へとジャンプしたところで2016年の個人的西日本ブームが収束したわけです。

 

もともと歴史では人類史や縄文時代みたいなうんと古い時代が好きだったんですが、古事記や大和燃ゆに触れて弥生時代古墳時代以降の豊かさにもやっと気づくことが出来ました。
これが思わぬつながりで昭和にタイムスリップしたいま、わたくし個人的な3大興味ない時代(古墳・戦国・昭和)のひとつであった昭和についても興味が出てきてしまった次第であります。
そして、私の手元には友人から貰った「昭和史」の本が。

2017年に続く・・・


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なんとかまとめに漕ぎつけたところ大変不格好なのですが、
冒頭でご紹介した記事でもうひとつ、ビビっと来た点が。

孤児の母親の耳からドサリとわき出すウジ虫に、虫の営みを感じるのは高等テクニックすぎません??
最初は急いで飛ばしてしまったことなど非常に正直に書かれているのを読んで、自分を振り返って、作品を鑑賞するとき色々と逃げていること、無意識に見なかったことにしようとしていることがたくさんあるんだなと気付きました。が、ウジはさすがに逃げたくなるじゃん・・・

連れ帰ってきた子からわくシラミと痒みを感じる北条家の人々というのは目から鱗でした。というか自分がずっと欲していた「痒みの表現」を見落としてたというのが、悔しいな~。絶対にウジの件でビビってましたね自分。あの子に対して。
映画とか小説とかで、例えばブーツに水が入って足が痒いとか、肌に触れる木綿がチクチクするとか、そういう事を表現するのはものすごく難しいしほとんど見たことがないなあと思っていたんだけど、それがあった。
特に、シラミの飛び方がほんとに緻密に描かれていて、あのハネ方とあの音の痒そうさといったらない。
この映画は「日々の生活をリアルに感じさせる」という感想が多いけど、そのリアルを浮かび上がらせる芸の細かさときたら呆れるほどの丁寧さですよね。

恐ろしい描写の背景にこそ、強い思いや意思が描かれていると考えるべきですね。
それを無理やり直視することだけが正しいわけじゃないですけど、余裕があるのならそういう事まで汲み取れるような見方を身に付けたいなと、単純に憧れました。