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冬の映画

ブログ

最近は有楽町によく行くんですよ。会社から近いというのもあるけど、映画館がすごく多い。この前、有楽町で映画.comのアプリ立ち上げたら有楽町・日比谷だけで11の劇場がありますと表示されてびっくりした。渋谷とかだとパッと思いつくので6つくらいはあるから映画の街だな~と思ってたけど、あなどれないね有楽町。

夏くらいに公開スケジュール見ながら「今年の冬はろくな映画がない」とか言ってたけど意外にありました。

 

インターステラー

映画のSFはどうしてもスペースオペラ的な絵面になりがちなので、こういう地味な絵作りってだけでまず好ましいと感じてしまうんですけども。最近は増えてきたとはいえ。

地味SFポイント①人類の脅威が砂

厳密には砂に象徴される気候変動とそれに伴う作物の疫病です。絵面だけでなくSFで重大な動機として描かれる脅威の対象が地味。クリーチャーではないところがグッドです。

地味SFポイント②効果音の選択

ガンダム的には爆発したらチュドーン!となるわけですが、それはそれで良いとして、今回は宇宙の孤独さを描くためにあえて無音を意識している場面がいくつかある。ブースターの切り離しで音が減っていく様子とか、決して実際の現象ではなくて爆発音や振動音を効かせる場面もあるのだけど、全体として宇宙空間が宇宙空間であることを際立たせる音の効果がありました。

地味SFポイント③カメラワーク

宇宙船の映像は、あえて固定カメラの映像のように同じアングルでしか映さない。限られた情報しか得られない不自由さが息をつまらせる、あの感じが本物の打ち上げの中継を見ているみたいでヨダレが出るポイントでしたね。

地味SFポイント④大きな見せ場の一つが車庫入れ

いや、馬鹿にしてるというわけでは。実際あんな車庫入れ手に汗握るどころじゃ済まないですからね。ただ、キュートな女性を助手席に座らせて超絶車庫入れをキメる一連の流れは完全に押さえてます。

 

映画全体として映像の素晴らしさは言わずもがな。クリストファー・ノーランだから。謎解き?に近い要素はSFではよくある仕掛けだから予想はつきます。それほど隠している風でもない。

少し残念な部分は字幕で、これからウザいオタクっぽいこと言うけど、宇宙開発好きとしては点火をイグニッションと言ったり、発射をリフトオフと言ったり、重力ターンをスイングバイと言う方がロマンに溢れていてプロっぽくて興奮するんですよね~。これは意味が伝わらなきゃいけないから当然の措置ではあるのだけど、やっぱな~こだわりだよね~わっかるっかな~。

事象の地平線をシュヴァルツシルト半径と言ってしまうとラノベ感が出てくるのでやりすぎは禁物だと思うけど。

Twitterにも書いたけど、ブラックホール(ガルガンチュア)はインターネットエクスプローラーのアイコンみたいですよね。そういえばワームホールは球だけどブラックホールは球じゃないの?と思ったけど、もし球だったら事象の地平線の外側にある光が逃げ出せる範囲がブラックホールを覆ってしまって光り輝く巨大な球体になってしまうよな。外見全然ブラックじゃない。うーん。ブラックホールは黒い画像として出力されているのを見たことがある気がするけれど、重力レンズ効果で観測しているに過ぎないんだっけ?なんだっけ?

 

毛皮のヴィーナス

舞台みたいだった。舞台が舞台なんだけど。わざとややこしいこと言ってみた。

思ったよりも刺激は抑えめでした。偶然にも前にアデルを見た映画館なのでセクシャリティに強いこだわりがある映画館なのかと思って構えてたんですが、全然笑えるし見方によってはひょうきんとも言える雰囲気すらある。

舞台の仕掛けがカラクリのようにグルグルと動くように、2人の役者が立場をグルグルと入れ替えながらセリフを紡いでグルグルグル。役者が2人しか出ないのに2人ともちょっと胸焼けしそうなクセのある顔しててこれがまたこの映画の味になっているんだな。

 

ゴーンガール

いいですよ。ロザムンド・パイク

どう良いか、色んな所で言及されてますね。今更僕が言うことも特にないんですが、役者が映画で求められるのは能動的な「演技」だけじゃないんだなということがすごく良く分かる映画だったとは思います。存在自体が何か重力のような引きつけるポテンシャルを持ってますよね。

映画のレビューであまりにも言われすぎてつい使っていまいがちな「深い」とか「考えさせられる」とかそういうのとは違ったかな。どちらかというと使いきりタイプというか、見ている間のエキサイティングを大切にした方がいい映画で、別に後々何か重要なテーマが自分の中に残されたりはしなかったです。それが悪いってことじゃなくて、鑑賞中の汚い笑いと最後の苦笑いの味わいをぼんやり思い出すぐらいが良いのではという提案です。

デヴィッド・フィンチャー監督。この内容で映像があまりにも良すぎるのが逆に悪ふざけっぽくて、途中何度かそのことでほくそ笑みそうになった。

 

嗤う分身

この感じ好きです!脚本も演出もセットも暗くて倉庫みたいなカビ臭さがして最高です!ちょっとテーマ的に複製された男と似ている部分があるけどこちらはそこまで不穏じゃないです。倉庫のマットみたいなしめった男が主人公で、思いを寄せる会社の同僚を望遠鏡で覗く趣味が非常にアレで良いですよね。もっと言うとこれはあまり人に言わない方がいいんだと思うけど、ヒロインのハナ自身が覗かれていることに言及する場面はより完全です。

ラストの展開はあちら側に持っていったのは正解だと思います。嗤えた方がいい。ただし、その根拠がかなり気持ち悪い行為の結果というのはやはりこの映画の通奏低音としてのカビ臭さに繋がってきてナンセンスさここに極まれりといった感じでたまりませんね。

もうあまりにもナンセンスさとして馴染みすぎてて昭和歌謡が挿入曲として使われていることに触れるのを忘れそうになったわ。あくまでナンセンスなので画に合ってないんですよ、この上滑りしてるその感じがゾクゾクするんです。

 

そしてこの映画の原作、ドストエフスキーの「二重人格」を読みました。

長い、まさに冗長。
くどくどくどくどくどくどと続く自分語り。何度でも同じことを言う。しょうもなさが侵食してこれを読んでいる自分もしょうもない人間なんだと感じるぐらい凄い。最後まで読む人間の気が知れない。読んだけど。

という風になるところまで含めて、主人公のゴリャートキン氏と同じように靴に雪が入ってグチャグチャになった時のような惨めさを体験できる優れたツールです。

執拗に描かれているところが良いです。

原作ではヒロイン(?)との交流は望むべくもない悲惨な状況だったのに対し、映画っちゅーもんはかわいい女の子が出なきゃみたいなところがあるおかげでいくぶん華やかでしたね。良かった良かった。