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殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか:読書メモ1

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これは良著。
ヒトは数万〜数十万年は遺伝子レベルではほとんど進化していないにもかかわらず、一万年前頃から急速に発展し、特にここ千年の伸びは驚異的だ。
この経済-信頼のシステム-が人間のどんな根本的性質に基づいているのか、遺伝子の中にあるわずかな手掛かりだけをもとに試みられたこの"実験"の信頼性はどの程度か、という事を明らかにしていく。
最初の数章は特に刺激的で興味深い。人類の歴史と現代の社会について、誤解しやすい事柄を整理する内容。
中盤以降、テーマが細分化される部分はやや抽象的な議論や補足的事項が多く、中だるみ感は否めない。(経済書に中だるみ云々が関係あるのかという話だが、論説としての鋭さに欠ける部分がある。)
また、かなり広範な学問をまたぐ総括的な議論のため、この形式の本にしては引用される文献の量が異常に多い。それぞれの参考文献の妥当性についてはそれこそ著者を「信頼」する他無いが、一部の文献についてはその評価が注釈に示されており、著者の親切心は感じられる。
革新的な経済学的発明がある本ではないが、数十年前のイデオロギー的経済分析からここまで客観性を高めたという点で、間違いなくこれまでの経済書よりも一歩進んだ本であると言える。

 とても面白い本だったので紹介。

この本ではこれまで一般的に誤解されてきた考え方をもう一度捉えなおす、というような場面がよく出てくる(特に前半)。ということで、個人的に以前から世の中で誤解をされているように感じていた事柄をピックアップしてもう一度説明してみることと、本書で特に感銘を受けた部分の紹介、それから細かいところで初めて知った言葉や気になった些細な点を調べた結果を2つの記事にわたって書きます。まずはこの本の前提となる進化について。

1.生物学的な進化

この本の主張の柱にもなっている生物学。とりわけ進化について、「進化経済学」での広義の進化ではなく、厳密な生物学上の進化という基本を示します。

進化に目的があるという誤解

「高い所の葉を食べるために、キリンの首は伸びた」といった表現はよく使われる。しかし、首が伸びるという突然変異は目的とは関係なく起こり、それに自然選択が働いたにすぎない。[後略]

進化は進歩であるという誤解

地中で生活するモグラの目が退化していることも進化の結果であるように、進化は必ずしも器官の発達や複雑化をもたらすわけではなく、また知能を発達させるとも限らない。まして、ヒトが進化の頂点であり、進化はヒトを目指して進むなどと考えるべきではない。[後略]

「チンパンジーはいずれヒトに進化するのか」「ヒトがチンパンジーから進化したなら、なぜチンパンジーがまだいるのか」という疑問

ヒトはチンパンジーと共通祖先を持ち、ヒトもチンパンジーもそこから独自の進化を遂げてきたにすぎないため、この疑問は的外れである。[中略]

この誤解は、生物は下等なものから高等なものまで一列に配列され、進化はその序列の中で梯子を登るように進むという、より深い誤解を反映したものである。実際には、進化は分岐を繰り返しながら進むものであり、現生の生物はどれも等しく系統樹の末端に位置づけられる。

引用元:進化 - Wikipedia

ここはただの一般人のブログなので、積極的にWikipediaさん頼りますよ。

とはいえ、どうやらこの部分はJSTバーチャル科学館独立行政法人科学技術振興機構が運営)に載っている内容をもとにしているっぽい。

※このサイトの「惑星の旅」というコンテンツはデザインも良くおすすめです。

はい、進化についてまずここはおさえなければならない。生物というのは放っておくとダラダラとだらしなく変化して、水は低きに流れるが如く、環境が許す限り際限なく広がっていくものだという事です。マンボウナマケモノの体たらくを見てください。生物として生き残れる限界に挑むという意味では大変アグレッシブな動物だと思います。エクストリーム進化です。

 

一番目、キリンは首が長いやつも短いやつも太いやつも細いやつもなんでも生まれたけど、アフリカのサバンナで生き残ることができたのは首の長い種だったという話。ちなみに森に逃げ込んだやつは首が短いままだけど、オカピとして今も元気にやってます。

また、二番目の進化進歩説の否定について、これもよく考えれば自明の理。人間は頭が良いから最先端の動物種というのは間違いで、昆虫や魚なんてはるかに大繁殖してますから、バカでもそれくらいの勢力を誇っているという意味で結果を出してます。

三番目の類人猿と人間の共存についてですが、これが「環境が許す限りダラダラと広がる生物種」の実態です。現在の地球環境はサルの能力で現在のサルの頭数が維持できるだけの繁栄を手にすることができる環境だという事です。似た生態を持つものとして比較すると、現状では人間の方が繁栄する能力があるようです。

 

2.人類進化のスケール感

人類の遺伝子レベルでの能力と文明及び経済の関係については本書を読むにあたって重要になるので、いったい現生人類はどのくらいの期間を生きた種なのか、を大雑把に把握しましょう。

  • 700万年前:猿人の登場。ここでチンパンジーの先祖とお別れ。本格的に二足歩行を始めた。
  • 400万年前:アウストラロピテクスはここから。現在の人間の1/3の大きさの脳を持っていました。
  • 250万年前:この頃には石器使い始めてます。旧石器時代開始。
  • 180万年前:原人登場。頭が大きくなりました。もうすぐ火を使います。
  • 30万年前:旧人登場。25万年前頃ホモサピエンスが分化しました。
  • 20万年前:ネアンデルタール人はこの頃。2万年前に絶滅。
  • 1万年前:7万年前に始まった氷河期が終わります。農耕・家畜化が始まり定住による都市化と階層化が爆発的に起こります。新石器時代開始。

本書では、主に25万年前に現生人類の知能がほぼ決定したにも関わらず、なぜ1万年前に農耕・家畜化が始まったのか、また1万年前に始まった経済活動がなぜここ数百年で一挙に拡大したのかというパートがあるので、おさらいしました。

*ここで、「進化」っつうのは何年くらいで遺伝子的に変化するのかな?と思って調べたけど、明確な記述が見当たらない。そもそも脊椎なんかずっとあるし、進化と言っても部分的に変わるだけの話だ。一方で交配ができない事を条件に別種ととらえる生物学の考え方があるのだけど、現在のネグロイド以外の人類にはネアンデルタール人の血が1~4%混ざっているという学説があるし、Wikipediaセグロカモメの説明を見ると、その境界線も曖昧。シーラカンスと人類の進化スピードはどう考えても違うし、一概に言えることではなさそうだ。

*もはや本と関係ないけど、「化石」が何年で出来るのかも気になった。ところがこれも環境によりけりだそうだ。5000年前くらいが基準になるという記述もあることにはあったがソースがない。また、高圧で化石化に適した土壌であれば数年単位で成分の置換が終わるという記述もあり、確かにそうかと思いました。

 

3.1万年前の革命

動物の繁栄という意味で、各生物種の個体数ってどんなものかググってみた。ヒトの個体数は72億人(2013)、牛が14億頭、豚は9.6億頭(2005)、鶏は163億羽(2004)、マダライルカは300万頭以上、昆虫全てで推定値が10の18乗匹(エクサですね。ギガ、テラ、ペタ、エクサ。)との事。体のでかさにしたらヒトは凄い多いし、分布域で言うと圧勝。繁栄してますね。ただし1万年前の推計値では約500万人、2000年前では2~3億人です。家畜を除外すればそれでも多めではあるかな。

世界中に500万人。技術の伝達と発明の持続という点で、この数字は少ないものだといえるかもしれない。天才発明家が、発明を形に変える環境と技術を有し、それが事故なく無事子孫に受け継がれる確率とはどれ程か。

依然25万年前に得た知能を長期にわたって棒に振り続けた理由は明確にわからないけど、ひょっとすると希薄な人口密度のなかで、文明的なブレイクスルーが起こるにはマーケティング理論のキャズムのようなものがあったのかもしれないな。

P.298にはヒトが象徴的記号を使え、かつそれを人工物として残す事が出来た点が文明の足掛かりになったっとしている。なぜ象徴でもある人工物を作ることが可能になったかは明確にされていないけど、このモノが残るという点は確かに大切だと思う。数万年前のヒトと現代のヒトが知能的にさして変わらないとしても、身の回りに知恵の象徴であるモノがあることは大きい。

教育を受けることが出来なくとも、身の回りの何やら恣意的な操作が加えられたモノを見たり触ったりするうちに、それを学ぶことはできる。つまり、一度文明が作られると、その発明者が不慮の事故で亡くなるなどして直接的な知識の伝達がなくとも、成果物の模倣やインスピレーションによってなんとか次世代に知識を伝えることが可能になる。

したがって、きっかけはわからないが、急速に文明が発達すること自体はそれほど不思議な事ではないのかもしれない。

 

進化についてはここまで。次の記事から内容のピックアップとその他気になった点について調べます。